ニンニクは古くからの日本料理や郷土料理にあまり使われることはありません。でも、いまでは日本でも普通に使われるようになりました。
数年前になりますが、地元の野菜のコーナーを設けているスーパーマーケットで買い物をしていたときです。近くで栽培されたニンニクを手にしたところ、売り場にニンニクを並べていた当の農家のおじさんが「聞きたいんだけど、ニンニクはどうやって食うんだ?」と、話しかけてきました。簡単に答えはしましたが、なるほどこのあたりの高齢の人はニンニクを調理に使うような料理はあまり食べないのかもしれません。栽培の手間のわりにはちょっと高く値段も付けられますし、農家にとっては新たないい作物なのだろうなと思ったのでした。
ニンニクの栽培期間は長く、一般には初秋に種の球根が植えられ、翌年の6月ごろ収穫されます。さすがに病害虫も少なく強い作物で、連作もできて狭い場所でもよく育ちます。収穫前の時期には、ニンニクの芽とされる花芽の付いたニンニクの薹(とう)が食べられます。炒めると甘みもあっておいしい野菜でこれも毎年楽しみにしています。
世界で見れば、ニンニクはほとんどの国で欠かせない食材でしょう。しかし日本では近年まで家庭で使う食材としては一般的でありませんでした。
ニンニクは、やはり肉料理の香辛料として、その風味づけも油での加熱が普通となると、肉や油を食用に多用しなかった日本の料理ではそう使われることもなかったでしょう。
主に薬用や強壮剤として使われてきたようです。
日本語の「ニンニク」は、仏教用語の「忍辱(にんにく:苦難や他者からの迫害に耐え忍ぶこと)」が語源とされています。仏教上のいわゆる精進料理では、肉や魚以外に、このニンニクなどのネギ類の野菜は食材として使わないらしい。
五葷(ごくん)といわれるそうですが、何を五葷とするかは、時代や地域によって異なり、いまの日本ではニンニク、ネギ、玉ネギ、ニラ、ラッキョウの五つ。国によってはパクチーのところもありますが、どこでもニンニクだけは例外なく入るそうです。
いままで気づきませんでしたが、寺の門前に「不許葷酒入山門」(葷酒山門に入るを許さず)と文字を刻んだ石が建てられていることが多いといいます。ニンニクや酒は「煩悩をかきたて修行の妨げになる」から持ち込んではならないと戒めているわけです。
その上での「忍辱(にんにく:苦難や他者からの迫害に耐え忍ぶこと)」なのでしょうか。もしかしたら、食べたいという誘惑、もしくは食べてしまっていることに対する門外からの非難に「忍辱」することが、この野菜の語源となったのでしょうか。どうもよくわかりません。
ヨーロッパでも魔除けに、特に吸血鬼はニンニクが嫌いということで、身体に付けたり家のドアや窓にニンニクを吊るしたりします。古代から世界中で悪霊退治に効果があるとされてきました。
僧にであれ吸血鬼にであれ、嫌われもしまたその特殊な扱いは、ニンニクの独特な強い香気がそうさせるのでしょう。逆に言うと、家庭にとっては実に魅力的で欠かせない食材です。
ニンニクは平安時代には中国を経て日本に伝わってきていたそうですが、仏教語源の「ニンニク」は、一般にはいつごろから使われるようになったのか。その以前は漢語由来の「蒜(ひる)」と呼ばれていました。よく知られるところのノビル(野蒜)の蒜(ひる)です。ノビルは日本にも古くから自生していて、これと区別するためニンニクの方は「大蒜(おおひる)」ともいいます。
平安時代に書かれた書物『源氏物語』に、蒜(ひる)が出てきます。「帚木」の巻。
男が、冷えた関係になってきた女の屋敷に久しぶりに訪ねます。
『月ごろ 風病重きに堪へかねて 極熱の草薬を服して いと臭きによりなむ え対面賜はらぬ 目のあたりならずとも、さるべからむ雑事らは承らむ』
長いこと風邪が酷くてね。解熱剤の薬草(蒜のこと)を口にしてしまって。臭いでしょうからそばで顔を合わせるのは遠慮します。近くでなくてもできることならやりますから言ってください。と、その女が言う。
しょうがなく男が帰ろうとすると、『この香失せなむ時に立ち寄りたまへ』。臭くなくなったらまた寄ってねー。と、女がいやみっぽく声高に言う。
しゃくに障った男は、
『ささがにのふるまひしるき夕暮れに ひるま過ぐせといふがあやなさ』
と詠む。蜘蛛の振る舞いでも分かるだろう、(蜘蛛同様に)夕暮れになったら来るんだから、蒜(ひる)の匂いがなくなるまで、また昼(ひる)をぼーっと過ごせというのか。つまらんことを、よく言うよ。(蒜と昼が掛けてあります。著者蛇足)
女は間髪入れず返します。
『逢ふことの夜をし隔てぬ中ならば ひるまも何かまばゆからまし』
一夜も会わずには済まないほど好い仲なら、昼はまぶしくてどうのとかニンニクの匂いがどうのと、そんなことでそっぽを向くようなことはないでしょうねえ。
ここでは「忍辱(にんにく:苦難や他者からの迫害に耐え忍ぶこと)」する側は、この男の方になるでしょうか。それとも、女がそれまでのたび重なる「忍辱」により、ついにはニンニクで男に反撃をしたということなのでしょうか。
因みに、『源氏物語』は平安期の貴族たちの生活が描かれているのはご存知とは思いますが、もちろんこの話は現代でいうところの恋人同士のやりとりではありません。夫が妻の住まいに訪ねていくという当時の婚姻形態の中での一コマです。
ニンニクはいつもさまざまな料理に使っていますが、ことさらに多用する料理もありません。今回は、夏になっても朝食にしている中華粥を紹介します。
簡単な中華粥です。今回は上記の五葷のうちの二つ入った粥にします。
「タマネギの中華粥」
・米は洗って30分以上水に浸けておく。2人分で半合ぐらい。
・鍋(できれば土鍋)にお湯1リットルほどを沸かし、沸騰したら水を切った米を入れる。(鍋底に米がくっつくので軽くひと混ぜ)
・大きめのみじん切りにしたタマネギ(大なら半個)を入れる。
・ニンニクを1個、つぶしてして入れる。
・ごま油をひと垂らし加える。
(鶏肉、鶏の手羽、チキンブイヨンなどを加えてもよい。鶏肉、鶏の手羽を加えるときは、水の時から鍋に入れて沸かし、スープが出るようにする。アクも取る)
・吹きこぼれないように注意しながらも、火加減は弱すぎないように30分ほど炊きます。(ウチの土鍋の場合です)
お湯が少なくなってきたときは、途中加えてください。糊っぽい粥にならぬように、強めの火加減とお湯の量がだいじです。
・米も「花が咲き」、ごま油も乳化し、いい感じにできたら、塩を少々して、蓋をし5分ほど蒸らします。
・トッピングには梅干し、ザーサイのみじん切りはいかがでしょう。上の赤い実はクコの実です。
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