サツマイモです。このごろは近くにもおしゃれな焼き芋屋さんができたりと、焼き芋の人気も再び高くなってきています。
「十三里」ってご存知でしょうか。焼き芋が人気で、たくさんあった江戸の焼き芋屋の看板になっていました。「栗よりうまい十三里」、江戸人好きの地口で、これはいまでいうところの宣伝コピーでした。栗(九里)、より(四里)で、足して十三里ということです。
十三里の前は「八里半」という看板がありました。もう少しで栗(九里)、というちょっとへりくだった言いようです。
わたしが小さい頃の話ですが、父に「栗食うか?」と渋皮を剥いた生の栗をもらったので、喜んでかじりました。子どもたちはよく栗拾いに行っては、生でよく食べていましたから、栗を食べたつもりになっていました。そしたら父が大笑いをして、それはサツマイモを切って栗の形にしたものなんだと言います。だまされました。生で食べると本当によく似ているのです。まさしく「八里半」でした。
そんなこともあって、いつごろ知ったか「栗よりうまい十三里」という文句も耳に馴染んでいます。
江戸では、「いもの本場は川越」と言われました。川越のいもはうまいと評判でした。川越のいもは舟で荒川を下り、大川(隅田川)に入り、浅草近くの大川端の軒を連ねたいも問屋に運ばれました。日本橋あたりで売ってる焼き芋はうまかったらしく、“川越の本場のいも”を使っていたといいます。
寛政五年(1793)、江戸に初めての焼き芋屋が現れました。すぐに大評判となり、急速に増えていったそうです。その多くは町の木戸番の内職だったというのがおもしろい。江戸市中の治安を守るために、町ごとに木戸を造って、夜は閉めて人の出入りを制限し、そこに番屋を設けました。木戸番というのは、そこで夜は火事の見張りをして、朝は木戸を開ける役目です。開けるのは明け六つ、閉めるのは夜の四つ(薄明るくなってきた頃に開け、日が沈んで暗くなった暮れ六つからいまの時間で約4時間後に閉める。陽の出入りで一刻の長さは違ってきます)。町内でその手当を出しますが、内職も許され雑貨や駄菓子なども売っていて、とりわけ焼き芋は人気があったようです。
ほとんどの町の木戸番に焼き芋はあったそうですから、江戸八百八町の数だけあったのでしょうか。まさに“コンビニ”ですね。安いしよく売れて実に儲かったとか。
焼き芋は焙烙(ほうろく)という素焼きの道具で焼いていました。焙烙に芋を丸ごと入れ蓋をし、かまどの火で蒸し焼きにします。のちに鉄の鍋が使われるようになります。
明治になると、木戸番はなくなりますから、多くの焼き芋専門店が店を構えるようになります。やっぱり芋は安いのでよく売れ、秋から春までの半年の商売でやっていけたそうですが、手すきの夏は氷を商っていました。
それも、その後の関東大震災で東京の街はすっかり変わってしまい、おやつは新しくできたパン屋に持っていかれてしまいます。焼き芋を食べる人も少なくなってしまいました。なんとか焼き芋とかき氷で商売をしていた焼き芋屋に、さらに「大学いも」という強敵も現れます。(東京帝大のそばで始めたとか、帝大の学生帽をかぶった男が始めたとか諸説あり)
そうこうしてるうちに太平洋戦争が始まるわけですが、われわれに馴染みの「石焼き芋」はその戦後に出現します。「石やーきいも〜」の売り声とともに、売り歩くことになるのはここに至ってのことです。ちなみに、この商売は寒い季節に限ったものですから、リヤカーを引く売り手さんは、雪国の農家の人の出稼ぎだったそうですね。
さて、サツマイモを使ったレシピです。
まずはやっぱり焼き芋を。ウチでは電気オーブンを使います。オーブンレンジでもいいですね。芋を丸ごとそのまま加熱するだけです。アルミホイルで包むこともしません。それもわりに低温で、途中2、3度回して軟らかさを確かめながら焼いてください。
イモの中が70度前後の状態で長い時間加熱され、最終的には外の皮の方はより高温で仕上がると、おいしい甘い焼き芋ができるそうです。なので、ウチでいろいろ試した結果、細身の芋を140度前後の庫内温度で1時間から1時間半。太めのイモならさらに長い時間をかけます(温度も少し上げる)。
ホクホク、ねっとり、その仕上がり具合は、イモの種類によって変わります。また同じ種類でも畑によって違いが出るそうです。
焼き芋は以上にして、せっかく江戸のイモ事情を書いたので、次は大阪で出版された江戸の料理本の中から作って食べてみた料理を紹介したいと思います。
『新製料理/いも百珍』寛政元年(1789)刊。表紙見返しには「此書は当時流行の甘藷遣ひかた百余品をあつめ其外庖丁家の秘伝とする珍敷仕様を素人方即席に出来る調法の書なり」とあり、123品の甘藷料理が記載されています。
(以下の転載は、原文の漢字や仮名、ルビなどを分かりやすいように変えました)
《衣かけいも》
「生にて切 うどん粉水にて解き しょう油少し入れ 藷をまぶし油にて揚げる ○また いもと生姜同じく細きりにして取合 右の衣かけ 油にて揚げたるもよし」
イモが5に対して生姜1ぐらいの割合で、揚げてみました。軽くしょう油の味がついた甘味のあるイモとピリッとした辛みの生姜のバランスがいい。イモの天ぷらではありますが、少ない量でも楽しめる、大人の味とでも言えるでしょうか。
《田楽いも》
「生にておろし 薄板の筥に入れ筥共に蒸し上げ 切りて串にさし 味噌をつけすこし火にかけ焼きてよし ○味噌は木の芽味噌 山椒味噌 わさび味噌など好みによるべし」
適当な箱がなかったので、おろしたイモを平たい団子にして20分ほど蒸しました。蒸してからつぶした一般的な芋ようかんよりしっかりとした歯ごたえ、イモのみの控えめな甘さに味噌がなかなかに合います。味噌の変化もそうですが、イモ自体にもいろいろとバリエーションがつけられそうです。『いも百珍』の中では、「絶品」11種の最初にあげられた料理です。
参考資料:
いも類文化学ノート No.3 「焼き芋小百科」(川越いも友の会)
『新製料理/いも百珍』(「 甘藷百珍」珍古楼主人 国立国会図書館デジタルコレクション)
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