ホウレンソウ 〈84号 #24〉

ホウレンソウ

 和食となればおひたしは欠かせません。おひたしといえばまずホウレンソウです。学校の授業で初めて作った料理が、粉ふきイモとホウレンソウのバター炒めでしたし、子どものころからずいぶんとホウレンソウを食べてきました。
 野菜の売り場にもほぼ一年中並んでいます。しかし、ホウレンソウにだって旬があります。本来であれば、日本では、秋に種が播かれ、冬に収穫される作物でした。長いあいだ都会暮らしだったわたしなど、そんなことは気にも止めず、一年中ある便利な野菜として食べてきました。それでは、旬があったむかしに食べたホウレンソウの味など、消えてしまっていたのは仕方ないのかもしれません。あまりおいしくないので、買ってまで食べなくなっていたのも事実です。

 でも山形に帰ってきて、おいしいホウレンソウの出回るのが楽しみになりました。ここでは在来種の山形赤根ほうれん草という種類があります。やはり、寒くなってから出荷されるもので、やや価格は高いですが、甘みがあってむかし食べた味を思い出すおいしいホウレンソウです。(上の画像がそれです)

 ここに暮らしていると、畑をやっている人から、ほかの野菜同様、一度にホウレンソウを大量にもらうことがあります。ホウレンソウは傷みやすいし、早く食べなければならないのですが、おひたしにゴマ和えぐらいではなくなりません。そんな折に作ったのが、「ホウレンソウのカレー」でした。それがとてもおいしくて、以来ホウレンソウの季節になると食卓にのぼるようになりました。北インドを中心として、インドのカレーとしてはごくポピュラーなカレーです。
 今回は肉の入らないレシピです。もし入れるのであれば、鶏かマトンのひき肉がおすすめです。「ホウレンソウのキーマカレー」になります。
 視覚的には刺激のあるあやしげな料理ですが、味覚的にはやさしい穏やかなカレーです。


ホウレンソウのカレー

《ホウレンソウのカレー》

 ウチで作る際は、ブレンドしてあるカレー粉は使わず、あれこれ10種類ほどのスパイスで作るのですが、今回は市販のカレー粉を使ったレシピにしました。
 調理器具のフードプロセッサー(もしくはミキサー)を使って簡単に作ります。

・ホウレンソウを茹でて水にさらし、絞ってざっくり切ったものを用意しておきます。
・フードプロセッサーに生姜とにんにくを入れ細かくします。さらに玉ねぎをこれまたざっくりと切って入れ、みじんになるように回します。あまり細かくしてペーストにしないように注意。
・鍋に油を入れ熱し、この生姜とにんにくと玉ねぎをみじんにしたものを炒めます。やや多めの油です。よくカレーは玉ねぎをじっくり炒めるといわれますが、手間もかかるし、玉ねぎが透き通ってきたらいいと思います。
・塩も軽く入れます。

・つぎに、これもざっくり切ったトマトを入れて炒めます。できればトマトの皮はむいておきましょう。缶詰のトマトでもいいです。
 トマトの水気が少なくなるまで炒めます。カレー粉もこのあたりで入れましょう。
・もし鶏肉やマトンなどのひき肉を入れるのであれば、つぎに入れて炒めます。(ひき肉にするにも、かたまりの肉を適当に切ってフードプロセッサーにかければ簡単です。気に入った肉をひき肉にできます。鶏は胸肉か、もも肉なら皮を除いてから)
・炒めたら、そこへ水を加え、強めの火で煮ます。

・グツグツ煮ている間に、さきほど玉ねぎを刻んだフードプロセッサーに、こんどは茹でておいたホウレンソウを入れ、ペースト状になるまでしっかり回します。少し水を足したほうがうまくペーストになります。
・できたホウレンソウのペーストを鍋に加えます。
・水の量を調整して、適度なゆるさにしてください。
・ヨーグルトを適量加えます。ヨーグルトはなくてもいいのですが、入れるのが北インド風。
・辛さとのバランスで砂糖も少々。

 ホウレンソウを入れてどのくらい煮るかですが、短ければある程度緑の色もきれいに仕上がります。でも、色を気にせず少し火を入れた方がおいしいと思います。5〜15分程度。(次の日まで置いたものの方がまろやかでおいしいともいえます。色はさらに変わってきますけれど)

・最後に、塩加減をみて、あれば香りづけのスパイスのガラムマサラを少々入れて完成です。
 ごはんの上にかけた皿の上で、ごはんとホウレンソウのカレーをスプーンでしっかりかき混ぜてから食べてみてください。おいしいですよ。

ホウレンソウの疑惑

 今回とり上げるにあたって、あらためてホウレンソウのことを調べてみました。そうすると、いきなり『ホウレンソウはヒユ科の野菜』。えっ? ヒユ科? アカザ科じゃないの? 3年前このページの「ビーツ」の中で、『アカザ科の野菜といえばホウレンソウがあります』と書きました。
 じつは、2003年のDNA解析に基づいた新しい植物分類で、それまでのアカザ科は無くなってしまい、ヒユ科の中に含まれることになったのだそうです。3年前に見た資料の表記が古いままだったということです。

 やはりホウレンソウというのは……。
 長い間、わたしの中にホウレンソウに対する不信感が横たわっています。それは、子どものころ見ていた、そうあのポパイに端を発しているのかもしれません。

 どう見ても年寄り顔の船乗りポパイが、恋人オリーブ・オイルを救うべく、危機一髪のところで缶詰のホウレンソウを口に入れ、大男の悪漢ブルートをやっつける。テレビの前で、やせっぽちだったわたしは「オレもホウレンソウ食ってるけど、別に何も変わらないしなあ」とか、「なんで缶詰のホウレンソウなんだろう。そんなの売ってるの見たことないし、どんな味なのか、まずそうだな」「子どもにホウレンソウを食べさせたがって作っているんだろうな」と思いながらポパイを見ていたものでした。
 なんでも、ポパイが誕生した1930年ごろは、ホウレンソウの缶詰などというものはアメリカにも存在していなかったそうです。ポパイの人気でホウレンソウの缶詰が作られるようになったというのですが、それも本当の話なのかはわかりません。

 また日常の生活の中でも、何かといえば「ホウレンソウは鉄分が豊富で、貧血を防ぐ野菜」という言葉が、プロパガンダのように耳に入ってきます。そんなにホウレンソウは、健康に欠かせない特別な野菜なのでしょうか。
 最近、こんなことを知りました。ホウレンソウの鉄分の値は、小数点の位置が間違っていて、実際はその10分の1だった。ホウレンソウの成分として鉄分の値が公表されたのは19世紀の終わりごろのこと。ポパイがはじまった1930年ごろにはすでにその誤りはわかっていた。が、その誤った”豊富な鉄分のホウレンソウ”は、いまなおしばしば耳にするのです。
 現在公表されている数値は、ホウレンソウの生葉可食部100gあたりの鉄分は2.0mg。ホウレンソウなど緑の葉物野菜は他の野菜に比べれば鉄分は多いものの、ホウレンソウが特に多いわけではありません。小松菜は2.8mg、大根の葉は3.1mgです。(「日本食品標準成分表 2010」文部科学省)

 もちろん、ホウレンソウはミネラルやビタミン類が豊富で栄養価の高い野菜であることは確かです。だからたっぷり食べたいものですが、少しばかり躊躇してしまう、ホウレンソウに関連する疑念がまた出てきました。
 2015年、日本の厚生労働省は、ホウレンソウ栽培に使用される殺虫剤の一つクロチアニジンの農薬残留基準値を、それまでの3ppmから40ppmに緩和するとしました。13倍ほど多く殺虫剤が葉に付いていてもかまいません、となったわけです。
 農薬の残留基準値は、その農薬の種類ごとに、それぞれの作物の部位に対しての数値が決められています。
 この改定では、ほかの農作物に対する緩和もなされましたが、これまでホウレンソウにはほとんど使用されていなかったというクロチアニジンの数値が、なぜかほかの野菜より文字通り桁違いに多い40ppmになったのです。(カブの葉についても0.02ppm→40ppmになった)

 クロチアニジンという薬剤は、世界各地で報告されるミツバチの大量死の原因とされるネオニコチノイド系殺虫剤の一種で、日本の住友化学が製造している農薬です。ネオニコチノイド系殺虫剤の特徴として、神経毒性、浸透性、残留性があります。
 ミツバチ以外の昆虫やほかの生物、”安全”とされてきた人への影響もいわれはじめ、EUでは使用を停止するモラトリアムも行われており、カナダ、アメリカ、韓国、台湾、ブラジルなどでも、一部とはいいながら徐々に使用をやめる方向に動きつつあります。
 日本は、それなのになぜいま、世界の流れに逆行する緩和を決めたのでしょう。ま、その理由もあれこれ想像はできますが……。本当のところはわかりません。

 素人である母の無農薬の畑ではいつも育ちが悪いですし、農家の人にきいても、ホウレンソウは病気や虫がつきやすくなかなか難しい作物だそうです。このクロチアニジンは主にアブラムシ退治に使われます。これまでもクロチアニジンではない他の農薬が使われていたはずですし、ほかの虫や病気にはそのための農薬を、複数種類使うことになります。
 本来、寒さに強く涼しい気候で育つホウレンソウを、暖かな季節も一年中栽培しようとすれば、どうしても虫がつくし病気にもかかりやすくなるわけで、見た目のきれいな商品が望まれる日本ではことさら、農薬量が増えてくるのは当たり前です。

 小数点の位置か、ポパイか、何がきっかけだったのかはわかりませんが、ちょっとばかりちやほやされてしまったせいで、その後のホウレンソウの人生も変わってしまい、薬漬けの生活をしてしまうことになったスター野菜。そんなスターを利用して、またなんとか儲けようとする人たちもいるわけです。

 一方、目だたないけれども、無農薬で育て、疑念なく安心して食べられるおいしい野菜を作っている農家の方もたくさんいます。流通手段を考えても当然その野菜の値段は高くなってしまいますが、健康と環境に気を配り、そしておいしい料理を食べるためにも、購入する側がお金の使い道を考えて変えていくしかないでしょう。


 最後に、もしかしたら残留農薬が多いかもしれないホウレンソウの食べ方について。ネオニコチノイド系農薬が使われているとすれば、浸透性のものですから、表面だけできれいに洗っても不十分ですね。まず茹でて水にさらしてから、調理しましょう。できれば切ってから茹でた方が、残留物質も流れ出やすいようです。

〈今回の料理に使った食材の産地〉 2016 / 12
ホウレンソウ:山形赤根ほうれん草/山形市、玉ねぎ:山形県河北町、生姜:自家栽培、ニンニク:山形県大江町、トマト:自家栽培、ヨーグルト:北海道、植物油:ピーナッツオイル/イタリア、海塩:オーストラリア、砂糖:甜菜糖/北海道、カレー粉・ガラムマサラ:インドの製品

 堀 哲郎

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