畑の雑草 スベリヒユ 〈63号;#03〉

スベリヒユ

この植物のことは畑をされる方はよくご存知のことだろう。抜いても抜いてもまた次々に生えてくる畑の雑草の代表、名前はスベリヒユ。中近東が原産で、世界の多くの地域そして日本全土に生えています。

なぜ今回取り上げたかといえば、わたしの生まれ育った山形ではこれを食べるからです。山形では「ひょう」と呼びます。「ヒユ」の音から来ているのでしょうか。
ひょうは「ひょう干し」として保存が利くように加工したものを、主に、雪の降る冬の間に調理して食べるのが一般的です。特に正月の縁起物の料理として、あるいは病よけとして食べられてきました。

山形ではひょう干しを店で売っていますが、家庭で作る方ももちろんおられます。冬、野菜が貴重だった雪国では、さまざまの野菜や山菜を干して乾物に加工してきました。作り方はほとんど同じで、熱湯でさっと茹でたものを天日に干して完全に乾燥させます。ひょう干しは土用に干したものがおいしいのだとか。

下の画像は店で買い求めたひょう干し。引っこ抜かれて、畑の横にうっちゃられ枯れた雑草も、まあ同じような姿ですが。それもこれも雑草ですからね。

ひょう干し

さて料理を始めます。
もっとも一般的なひょうの料理、「ひょう干しの煮物」です。

【ひょう干しを戻す】
まず、ひょう干しを戻します。鍋で水から茹でて沸騰したら火を止め、一晩そのまま煮湯の中に浸けておきます。
一晩浸けたあと、水を二、三度替えながらよく水にさらします。気になるにおいが消えてきます。
3センチほどに切り、水気を軽く絞っておきます。

【他の材料】
ひょうの他に入れる材料は、
糸こんにゃく、油揚げ、打ち豆(山形特有の青大豆を平らにつぶした乾物)などが一般的です。
厚揚げ、ちくわ、にんじんなどをいれることもあります。
基本の調味料は、油、しょうゆ、だし。

【調理】
材料はそれぞれひょうと同じぐらいの大きさに切ります。
まず、材料をから煎りします。
油がまわる程度の油をまわし入れ、軽く炒めます。
しょうゆ、だし汁(市販のだしと水でも)を鍋の底の方にたまる程度加え、汁も少なくなり味がしみるまでゆっくりと煮付けます。ひじきの煮付けを作るような感じです。

今回は、糸こんにゃくではなく手元にあったしらたきと、油揚げ、ちくわ、にんじんを入れました。 打ち豆は手に入りませんでした。
そして「ひょう干し煮」のでき上がりです。

ひょう干しの煮物

さて、このひょう干しの煮物を食べたことのない人にどんな味なのかを伝えるのはたいへんむずかしい。ひょう干しはひょう干しのほかにはない味ではあるものの、そう特別な味でもない。作る手間を考えれば、時の移るとともに今日的な理由で食卓から消えつつある、家庭料理の日常的な味です。

山形に行くことがあっても口にできるチャンスはそうないかと思われます。山形でも若い人はきっと食べないだろうし、年配の方でも昔の貧しかった食卓をおもいだすひょう干しの煮物は、もう作らない人が多いようです。わたしの母も長い間作っていないようで、息子のわたしが作って食べたと聞いて驚いていましたから。

干した食材特有の風味と食感があり、おいしいです。でも、雑草ですからね。
春のわらびや野の蕗だっていってみれば雑草の類ですから、そう素性は違わないのですが、ひょうを食べる山形でもその扱いはあまり良いとはいえません。
でも、先だって山形駅で買った駅弁のなかに、なんとこのひょう干しの煮物が少しではありましたが入っていてびっくりしました。きっとこのごろは、献立として出す料理屋さんや旅館もあるのかもしれません。

最近知ったのですが、山形のひょう(スベリヒユ)はひょう干しのほかに、生のひょうを茹でてカラシ醤油でおひたしとしても食べるそうです。
ところで、スベリヒユなるこんな雑草を食べるのは山形だけなのでしょうか?

調べてみたところ、ギリシャやトルコを中心にヨーロッパの人たちや北アメリカの先住民も紀元前から食べていたそうで、フランス料理の食材にもなっています。もちろん中国でも。
ギリシャやトルコではどのように調理して食べるのか。
まず、生のまま好みのドレッシングでサラダ。
え⁉ そのままサラダ…。
そのうち挑戦してみるか…。でも、雑草ですからね。
ほかには、炒め物にしたり、トマトといっしょに豚肉や鶏肉や魚などをあわせオリーブ油で煮込んだりして食べるようです。
なお、ギリシャではやや大きめの種類を野菜として栽培もしているそうですが、スベリヒユはヨーロッパにあっても、雑草だそうです。


光も水も養分も温度もすべて管理され、先端工場の製品のように生産されることの多くなった近ごろの野菜類。
それらとは対極にある畑の雑草スベリヒユは、それを食べるわれわれもまた土の上で生きてきた生き物であったことを思いださせてくれます。そして「ひょう干しの煮物」は、わたしが雪の中で生活し育ったことを思い出させてくれます。

── 雪もちらついていたあの日からもう半年になろうとしている
堀 哲郎

スベリヒユの栄養価を参考までに。抗酸化物質の一つであるグルタチオンや、オメガ-3脂肪酸を多量に含む。ビタミンB、マグネシウム、鉄分も豊富で、解毒作用、コレステロール値、血圧、心臓冠動脈病などの血管系に優れた効果あり。だそうです。
なるほど、古くから世界中で薬草扱いされてきたことも宜なるかな。

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