ウルイ 〈93号 #31〉

ウルイ

 ウルイと呼びます。ウルイは春の山菜としての名称です。食べ物としてではなく、植物としての名称はギボウシ(擬宝珠)といいます。
 早春の若々しい緑が目をひくこの野菜は、野山や庭の片隅にも自生している植物ですが、山形では山菜としてハウス内で栽培され、芽吹きにはまだ早い雪国の春の味をひと足先に楽しむ食材として、店先に並びます。
 広く知られてはいないものの、日本各地でそれぞれの名前でささやかには食べられているものと思われます。
 味にクセはなく、シャキシャキとした歯触りのよい上品な野菜です。生でも食べられますし、和え物や天ぷらでも。どうやらウルイという呼び名は、アイヌの人たちの呼び名に近く、アイヌの人たちもよく食べていたらしい。小さく刻んだものをご飯やおかゆに入れて食べたりもするそうですし、乾して保存食や薬用にも使われていたようです。

 植物の分類上は、あの放っておいても毎年芽を出してくれるアスパラガスと同じキジカクシ科に分類されます。東アジアが原産で、日本に自生しているギボウシの種類は多く、また園芸種は江戸時代にちょっとしたギボウシブームになったこともあって、数多くのギボウシの種類が存在します。
 ここ山形の古くから住んでいるであろう家の庭にはきまってギンボ(ギボウシのここらでの呼び名)がありますし、浮世絵や江戸時代の刷物の絵には、庭園のつくばいというのか 手水鉢 ( ちようずばち ) の横に描かれているのをよく目にします。その江戸時代、あのシーボルトが持ち帰った植物の一つがギボウシで、英語でホスタ(Hosta 学名も同じ)、その後ヨーロッパやアメリカで大いに人気を博します。現在、イギリス式庭園にはホスタは欠かせないものだそうです。各国に大きな“ホスタ協会”があって、ホスタ園芸愛好者の活動も盛んです。ホスタの原種が自生する場所を見に行こうツアーが組まれ、日本に団体でやって来るということもあるようです。葉の色、形や大きさ、斑のつき方、あたらしい姿のホスタを育てようと、まるでバラやチューリップのような扱いです。いまでは数千といわれる種類があるそうです。原産国の日本ではちっともそのような話題は聞こえてきませんが、江戸時代にはそんなギボウシのブームもあったのでしょう。

 さて、このようなホスタ、ギボウシがウルイと名前が変わって野菜として食べるわけですが、どんな種類も食べられるのでしょうか。どうも、大丈夫なようです。ウルイとして売っているものはオオバギボウシの若葉です。でも大きく育ったものは、なんかまずそうですね。ある程度大きくなったものは、茎の部分だけ煮浸しにしたものをいちどいただいたことがありますが、決してまずくはありませんでした。
 ただし、自分で野から摘んできて食べる際に気をつけなければならないことがあります。若葉がよく似ている有毒な野草(コバイケイソウ)があって、これをウルイと間違って食べて食中毒で病院に運ばれるというニュースがたびたびありますから。

《ウルイの酢味噌和え》

 ウルイの酢味噌和えにしてみました。
 さっとお湯にくぐらせて水にさらし、酢味噌で和えました。歯触りもよくおいしですよ。

ウルイの酢味噌和え

 これから本格的な春を迎え、フキやワラビをはじめ多くの野草山菜が食卓に上る季節となります。多くはアクが強かったり下処理が必要だったり、手のかかるものが多いのですが、このウルイはそのままサラダでも食べられチコリのような使い方もできますし、調理もしやすく色もきれいで、もっと一般的になってもよい食材だと思います。
 でも、正直なところ、わたしの生まれたこの地に戻って住むようになったのはわりあい最近のことで、あの庭によくあるギンボをウルイとして食べるのをそれほど前から知っていたわけではありません。春を先取りしたハウス栽培の若葉が八百屋の売り場にあるから、おいしそうと買い物かごに入れましたが、いつも見ている庭からギンボを採ってきてそれを食べようという気にはなかなかなれません。




 あの311以来、野山の自生食材に対して安心できなくなってしまいました。まる8年が経ち、いまだ放射性物質は放出されつづけていますが、山菜の検査結果ではだいぶその数値は減ってきているようです。しかし、なぜか山菜のコシアブラだけは高めの数値が検出されます。昨年もコシアブラの自主回収や出荷自粛のニュースがありました。

 こればかりは数値上の問題だけではありませんし、山菜だけの、食材だけの問題ではありませんが、食べ物は“おいしい”ものを食べたいものです。味だけではなく、その印象や気分によっても身体の受け取りようは変わってきます。できるだけ自分の身体に喜んでもらえるように食べて生きていきたいものです。

 2019.3  堀 哲郎

フロントイメージ
バックナンバー

▲ページのトップへ