マルメロ 〈88号 #26〉

マルメロ

 この果物はマルメロといいます。
 1992年に公開された「マルメロの陽光」という映画がありました。監督は「ミツバチのささやき」(1973)、「エル・スール」(1982)のビクトル・エリセ。同じスペインの高名な画家であるアントニオ・ロペス・ガルシアのマルメロを描く様子を撮ったドキュメンタリー映画です。
 寡作で知られるビクトル・エリセの10年ぶりとなる3本目の長編作品を、当時、神田の岩波ホールに観に行きました。期待に違わぬ、いい映画でした。

 アントニオ・ロペスは時間をかけリアリズムに徹した絵を描きます(1枚の絵に何年も何十年もかけていることもあります)。現代では、リアリズムの作品は屋内のモチーフか写真に撮影した画像を元にすることが多いのですが、アントニオ・ロペスは中庭に植えたマルメロの樹のそばにイーゼルを立てて、目の前の物をキャンバスに描きます。
 マルメロが陽の光を受けて黄金に輝く10月から11月。その間の雨の日も風の日も、大きな雨よけを設けて、常に同じ両足の位置、立った同じ目の高さを厳密に保ちつつ制作を続けます。この画家のリアリズムは徹底していますから、そう簡単に絵は進みません。しかしその間にもマルメロは時間とともに実も葉も少しずつ変化していきます。実は徐々に大きくなって重くなり枝とともに下がってきますし、葉は以前は見えていたマルメロの実を遮ってしまいます。
 結局その絵は、まるで未完成のまま地下室の物置にしまわれてしまいます。
 どうやらアントニオ・ロペスにとって、作品を仕上げることが目的ではないようです。大好きなマルメロと同じ場所で、同じ陽の光を受けながら、変化し続けるマルメロと同じ時間を過ごすことが、絵を描く理由のようです。

 マルメロというなんとも魅力的な名前の果物があることは何かの文章で知っていましたが、この映画で初めてマルメロの姿を知ります。また、17世紀あたりの静物画に、名前はわからないが梨のような黄色いリンゴのような果物がよく描かれていることも見ていましたが、それがマルメロであったこともわかりました。
 このときからマルメロは、スペインの際立って特異な映画監督と画家の2人の存在によってできあがった「マルメロの陽光」という映画とともに、たぶん地中海の方にでも行かないと直接目にできないだろう、ちょっとした憧れの果物のような存在となりました。

 ところがそれから20年近く経った6年前、故郷である山形に住まいを移した12月に、いきなり近くの八百屋の店先でそのマルメロと出会うことになります。
「えっ! 山形でマルメロ売ってるよ」


 マルメロは中央アジア原産。現在、日本では主に長野県、東北、北海道で栽培されています。昭和初期に寒村の産業振興策として導入されたそうで、それで雪国の山形にもあるわけです。しかし、生食には向かないため需要が上向かず、そう栽培量も多くないようです。
 カリンとよく似ています。食味も香りも薬効も似ていて、山形の店でもマルメロとは呼ばれず、カリンとして売られていることも多いようです。マルメロの方はカリンほど酸味も渋みもそう強くはありません。香りは芳醇でテーブルに置いておくだけで部屋にそのいい香りが漂います。わかりやすい見分け方。マルメロは果実の表面が細かな綿毛で覆われていますが、カリンはツルッとしています。


 さて、山形の八百屋で手に入ったマルメロをどうやって食べようか。
 調べてみるとジャムなど甘く煮るのが一般的です。マーマレードと呼ぶジャムがありますが、ポルトガル語でマルメロ(marmelo)のジャムを表すマルメラーダ(marmelada)が元だそうです。でも、ジャムではちょっとつまらないし、何か料理して食べたい。
「豚肉とマルメロの煮込み」というのがおいしそうです。
 このレシピはギリシア料理として紹介されていたものをアレンジしましたが、たぶん他の国でも同様の料理はあるだろうと思います。
 マルメロの代わりにカリンでは作ったことはありませんが、マルメロが手に入らないときはカリンでも、ある程度近い料理はできるのではないでしょうか。お試しください。

《豚肉とマルメロの煮込み》

豚肉のマルメロ煮

【作り方】
・豚肉をやや大きめに切り、塩、コショウをしておく。
・タマネギは薄切り。
・フライパンか厚手の鍋でオリーブオイルを熱し、豚肉に焼き目をつける。
・豚肉を取り出した鍋かもう一つの鍋で、タマネギを炒める。
 今回に限りませんが、タマネギを炒めるときは、タマネギに塩少々とオリーブオイルを回し掛け、焦げない程度の弱火で鍋の蓋をして蒸し炒めにするといいですよ。
・タマネギに火が通ったら、トマトペースト(または湯むきしたトマト・トマトの水煮缶、そう多くなくてよい)、シナモンスティック、クローブをいれざっと炒める。
・豚肉を戻し入れ、白ワインと水を加え火を強める。
・煮立ったら弱火にし、落とし蓋をしてある程度肉が柔らかくなるまで煮る。

・マルメロを切る。
 表面をきれいに洗い、くし切りにする。種と芯を取ります。皮は剥いてもいいです。
・煮込んでいる肉の鍋にマルメロを加えさらに煮込む。
 汁が少なくなったら水を足し、マルメロも柔らかくなり煮汁もややとろみが出てきたら、バターをちょっと、あればナツメグ少々、そして塩、コショウで味を調え火を止めます。時間を置くとさらにおいしくなります。

 使うマルメロの硬さ加減で、マルメロを入れてからの煮込む時間も調整してください。柔らかいのに長く煮込むと、溶けて形がなくなってしまいます。
 元のレシピではマルメロをバターと砂糖で焼き付けてから入れるのですが、マルメロだけでもある程度甘さがありますし、甘すぎるのは避けたいので砂糖は使いません。

 肉も柔らかくなって、和食ではあまり味わえないタイプの香り高いフルーツと肉の煮込み料理になります。
 これはおいしい。以来、毎年晩秋から冬のはじめにかけ、マルメロが店先に並ぶのを待ち構えては、食卓にのることになりました。


 2013年、アントニオ・ロペスの大きな展覧会が日本で初めて開かれました。そして、ビクトル・エリセの長編映画はいまも3本のままです。


〈今回の料理に使った食材の産地〉 2017 / 12
マルメロ:山形市 豚肉(モモ):山形県朝日町 タマネギ:北海道 イタリアントマト:自家栽培 オリーブオイル:スペイン バター:北海道 海塩:オーストラリア 黒コショウ:マレーシア シナモンスティック:インド クローブ:スリランカ ナツメグ:インドネシア

 堀 哲郎

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