キクイモ 〈100号 #38〉

キクイモ

 ショウガのような形をした、これはキクイモです。食べたことのない人も多いでしょうけれど、ほとんどの人はその花は目にしているはずです。野原や河原、荒れた畑などに、2メートルを越すほどの背丈で秋には黄色い花をつけ群生している、いわば雑草です。菊に似た10枚前後の花弁をつける、キク科の多年草でヒマワリの仲間です。その根の膨らんだ部分がキクイモ(菊芋)です。

 山形の内陸で生まれ育った子どものころには、ことさら食べ物として食べた記憶がありませんが、たしかカライモといって、漬物に入れたりしていたものと思います。
 山形を離れ、数十年後また戻ってみると、地元の野菜売り場に、11月ごろから冬のうち、キクイモとして置かれているのを見るようになりました。いまは、日本各地方で、それもわりに田舎の方の特産物として売られているようです。


 日本には、江戸末期に飼料用に伝わったといい、そこからか豚芋という名前も付いています。戦時中は食料として栽培され、その後野生化して、日本中あちこちで目にする「要注意外来生物」(環境庁)とは、なったわけです。
 原産は北アメリカ大陸の北東から中央地域とされ、大陸のネイティブ・アメリカンたちは食料として、栽培もしていたのだそうです。ヨーロッパ人が北米大陸に上陸、17世紀初頭フランス人探検家がキクイモを持ち帰ります。そのキクイモが17世紀半ばには、ヨーロッパそして南米でも、一般的な野菜として食べられるようになります。ちなみに英語名は「エルサレム・アーティチョーク」。味がアーティチョークに似たところがあるとしていますが、実際のエルサレムには無関係で、なぜエルサレムかは諸説あるようです。でも、何か意味ありげで食材名としては、面白いですね。
 フランス、イタリア、ドイツほか、ヨーロッパでは「トピナンブール Topinambur」と名前がついています。アメリカやヨーロッパでも、一般的には雑草扱いは変わらないようで、昔のような普通の野菜というものではなくなっているようです。しかし、かえって高級レストランのメニューに載る高級食材の性格も帯びてきています。


 味は、そうクセもなく、さまざまに調理ができて、なかなかおいしいものです。
 キクイモは生でも食べられます。シャキシャキとした歯触りのよい食感で甘みがあります。ブラシで表面をきれいにして、薄くスライスしてサラダに。皮といえるようなものはついていませんが、外側をむけば白くきれいな仕上がりになります。
 北イタリア料理の「バーニャ・カウダ」には欠かせないそうです。(「お風呂(ソース)・あったかい」の意。生の野菜を熱いソースに付けて食べる冬の料理)

 ジャガイモと同じような調理ができます。和風では、煮物や炒め物、きんぴら風にしたり。熱が入ると、すこしホクホクとしたイモのような食感になります。ジャガイモよりずっと火の入りがいいです。
 ウチでは、キクイモをそのまま味噌漬けにもします。浅漬けでもおいしいし、一年以上漬かってすっかり味噌と同化した色になっても、生のときのシャキシャキとした歯触りはそのままの味噌漬けです。

 西洋の方がその歴史は長いので、さまざまな料理になりますが、なんといってもキクイモのスープがおいしいです。ヨーロッパに渡ったキクイモはフランスでの人気が最も高かったそうで、フレンチでは「ポタージュ・ド・トピナンブール」となります。
 玉ネギ、セロリとともにキクイモをスライスして、オイル、バターなどで蒸し炒めし、ブイヨンを加え煮込みます。やわらかくなったら、ブレンダーやミキサーにかけ、できれば漉し器を通して、牛乳を加え塩コショウで味を調えます。基本はこんな手順ですが、ウチではちょうど旬のカリフラワーを入れて、カリフラワーとキクイモの白いポタージュが気に入っています。
 根菜類特有のやや土の香りのする、甘みがあり想像以上に濃厚で、なんといっても、じつになめらかな舌触りが最高です。


 イタリアでは、トピナンブールをリゾットやパスタにして食べますが、今回はシンプルな「キクイモとアンチョビのパスタ」をつくってみました。


キクイモとアンチョビのパスタ

《キクイモとアンチョビのパスタ》


 キクイモは糖を持っていますから、発酵させてお酒にできます。
 フランスではワインに、ドイツではビールにもされてきました。前号のトウモロコシのところで紹介しましたが、キクイモもやはりバイオアルコールの材料としてあげられます。


 キクイモが、最近世界的にも注目されてきた理由の一つである、その栄養価のことを。
 キクイモの主成分はイヌリンという炭水化物の一種で、ジャガイモなどの芋類の炭水化物であるデンプンとは異なるものです。キクイモのほかにはゴボウ、アーティチョーク(アザミの仲間)、チコリ(和名・キクニガナ)、ダリアの塊茎(食用可)などに多く含まれます。これらはみなキク科の植物です。ほかには、玉ネギ、ニンニク、ニラなどのネギの仲間にも含まれます。
 イヌリンはデンプンと異なり、ヒトの消化器では分解できません。大腸の腸内細菌叢(腸内フローラ)の細菌たちによって、その細菌たちの養分に変化し、ヒトの栄養として代謝されます。
 腸内フローラに住むビフィズス菌たちはこのイヌリンが大好きらしいです。それによってビフィズス菌が増加し、有害な菌類の繁殖も抑えるのだそうです。
 (近年、腸内フローラに関することが知られるようになってきました。肥満、動脈硬化、糖尿病、アレルギー、免疫疾患、鬱、認知症など、腸内フローラとの関連が報告されています)

 キクイモは食べれば甘みがありますし、キクイモからつくった甘味料は普通のショ糖の1.5倍ほどの甘みがあるそうですが、このイヌリンは消化器では分解できないのですから、食べても血糖値は上がりません。それに、ほかの食べ物に含まれる糖質の吸収を抑え、食事による血糖値の急激な上昇を抑制するとか。実際、糖尿病の人の甘味料として使われ、糖尿病の有効な食事療法として期待されています。
 (「アガペ・シロップ」、「アガペ・イヌリン」という健康食品・サプリメント製品があります。これは、メキシコのお酒のテキーラの原料となるアガペという植物からとったイヌリンの甘味料、健康食品)


 都会のマーケットではキクイモを見ることはなかなかできないかもしれませんが、もし見つけたら一度食べてみてはいかがでしょう。保存もききます。わざわざ野っ原から掘り出すほどのことはないまでも、雑草として眺めているだけではもったいない食材です。

 2020. 12  堀 哲郎

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